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      <title>素晴らしきものの在り方</title>
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      <description>もう画像は信じません、写真も然り。</description>
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         <title>イギリスにおけるゲーム・スポーツの変遷</title>
         <description>イギリスでは新しい現象が現われます。


支配階級が庶民のゲーム・スポーツに興味を向け、それを規則化するようになったのです。


《イギリスの貴族たちはクリケットの規則を体系化し、昔のスチュワート家の意向を顧慮することなく、フットボールの乱闘に加わった》。


同国のスポーツ・クラブは、1750年の競馬を皮切りに、1754年のゴルフ、1788年のクリケットと、相次いで設立されていきます。


・・・こうした近代スポーツの幕開けは、産業革命と結びついていました。


最初の産業革命は1560年でしたが、1650年には、これに農業革命が加わったのです。


イギリスはまた家庭暖房に石炭を用いた最初の国であり、これが経済的発展を生んでいます。


J.ネフによれば、イギリスが他のあらゆる国を凌駕した理由は、実にこの進歩にあったといいます。

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         <pubDate>Wed, 11 Apr 2012 12:33:41 +0900</pubDate>
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         <title>貴族たちの習俗</title>
         <description>賭けは時間との戦いの機会であり、近代スポーツの基本的要素である記録を求める機会でもありました。


ボクシング試合の結末のみならず、勝者が勝利するまでに要した時間も賭けられました。


ブエはこうした時間へのこだわりを指摘していますが、人々は格闘技やフェンシングにも賭けていました。


フランスでも賭けは行なわれ、王自身が賞金や賞品を提供していました。


《18世紀末、パリ南郊コルペイユ近くで、365トワズ(730メートル)の競走があり、これに勝ったラグランジュなる男は、10ルイ金貨と銀製の鉢を手にした》。


しかし、ル・フロックモアンによれば、このような競走やみせびらかしはむしろ例外だったといいます。


そして革命・・・。


貴族たちの習俗は厳しい非難に晒されました。


当時、彼らが関心を抱いていたのは、ジョッキーつきの競馬でした。


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         <pubDate>Sat, 10 Mar 2012 12:32:59 +0900</pubDate>
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         <title>からだの声を聞く　4</title>
         <description>交通渋滞のさなかにエンジンをふかしつづけている自動車のようなもので、いずれはオーバーヒートするにきまっています。


たとえ見かけは立派でも、土地に生命力がない以上、そこにできる作物に生命力があるはずもありません。


最近のトウモロコシがいい例です。


2メートル以上もある立派な茎に巨大な実をつけ、最高の収穫量をあげたトウモロコシでも、ひとつひとつの実を見ると、そこには肝心のエネルギーが欠けています。


(家畜をトウモロコシで育てている人なら、すぐわかることです。


家畜にいままでと同じ仕事をやらせようとしたら、かつてないほど大量な餌をあたえなければならなくなっています)。


・・・わたしの治療室でも同じことが起こっています。


いま、いちばん治しにくいのがベジタリアン(菜食主義者)なのです。


ベジタリアンのからだには非菜食者のからだほどの生命力がなくなっています。


菜食主義という思想がいけないのではなく、いまの野菜がいけないのです。


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         <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 14:18:19 +0900</pubDate>
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         <title>からだの声を聞く　3</title>
         <description>たべておいしく、わたしたちを元気に、健康にしてくれる栄養素がいっぱいふくまれているだけではなく、生命力というおまけもついているのです。


ひと株の植物のなかでは幹や根よりも花や実のほうが周波数が高く、生命力に富んでいます。


花や実はその植物の精なのです。


・・・だから、リンゴやトウモロコシのような食べ物は、その植物の生命力、つまり微細エネルギーの表現だといえます。


生命力の摂取方法のひとつが呼吸だとしたら、もうひとつの方法が野菜や果物の摂取です。


しかし不幸なことに、アメリカの土地は誤った農業と汚染した水や空気のせいですっかり生命力を失い、その産物から健康的な生命力を得ることはできなくなってしまいました。


転作をして土地の消耗をふせぐこともせず、ひたすら化学肥料を使うことによって農地の荒廃がすすんでいます。


たしかに作物は育ちつづけますが、土地は休まるひまがありません。

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         <pubDate>Fri, 13 Jan 2012 14:17:53 +0900</pubDate>
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         <title>からだの声を聞く　2</title>
         <description>わたしは食生活のパターンについてたずねるのですが、婦人は以前の医師にいわれたとおりに厳密なダイエットをしていると答えます。


ではどんなものをたべているのかと聞くと、まるでジョークでも聞いているようにクスクス笑うだけです。


痛みが食べ物に関係しているなどとは考えもせず、食生活を変えようとはしないのです。


・・・ところで、その患者は骨粗雑症の診断を受けています。


50歳になったばかりのその患者は、70歳の人のかかる病気になってもいっこうにひるむことなく劣悪な食生活をつづけているのです。


腹いっぱいたべてもさほど心配しなくていい食品群があります。


それが野菜と果物です。


野菜と果物は自然が人間にあたえてくれた最高の贈り物です。

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         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 14:17:26 +0900</pubDate>
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         <title>からだの声を聞く</title>
         <description>ある婦人は腹痛に悩んでいました。


そしてわたしと一緒に彼女の食生活について分析するうちに、具合が悪くなるのは近所のスーパーマーケットで買ったチキンをたべた日であることが判明しました。


・・・そこで、わたしは婦人に、田舎に行って農場でチキンを一羽買いもとめ、その場でさばいてもらうように頼みました。


農場のチキンをたべても、発疹はおろか、ちょっとした反応も生じなかったのです。


・・・もう一度スーパーのチキンを調理してたべるように頼んでみました。


また発疹がでました。


あとでわかったことですが、そのスーパーで売っているチキンには大量の抗生物質が使われていました。


抗生物質に異常に敏感だった婦人のからですが、発疹という反応で応えていたのです。


いくら忠告してもいっこうに耳を貸そうとしない患者がいます。


腰痛を訴えてわたしのところに通いつめている婦人もそのひとりです。

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         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 14:16:16 +0900</pubDate>
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         <title>組織の高度化地域分権化　4</title>
         <description>極度にまで作業の省力化が行われ、ロボット化が進むだけに、UAWの理解と協力が絶対に必要でした。


そのため、1983年、まだサターン計画が企画されたばかりの段階で、GMは組合を招き、その了解と協力を求めています。


したがって、組合との関係は良好で、1985年7月における労働協約でも、労働者の80%を終身雇用とし、時間給でなく、あらかじめ定めた給与を与えます。


給与は時間給の場合の80%にすぎませんが、あとの20%は利潤分配制や実績に準ずる報奨制によりカバーされました。


しかし、サターン計画には大きな問題があることも事実です。


第一は、前述のように投下資本が巨額なだけに、これを早く償却して、短期間にコストを下げ、日本車に対抗できる競争力をつけることができるかどうかです。


第二はサターンが登場してくる1989年ごろは、小型車市場の競争が世界的に激化することが予想される点です。


これには日本メーカーとの競争ばかりでなく、韓国など中進国メーカーからの追い上げを覚悟しなければなりません。

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         <pubDate>Sun, 23 Oct 2011 12:22:54 +0900</pubDate>
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         <title>組織の高度化地域分権化　3</title>
         <description>伝統的な組み立てラインにしても、何マイルという長いコンベヤー方式を改め、自動誘導搬送(AGV)システムに切り替えるといいます。


これによれば、無人カートが必要な作業点だけに部品の供給を行うことができるので、コンベヤー方式による大量の部品の意味のない作業点の通過が避けられます。


また、それだけに、作業者の検査の目が行き届き、製品の欠陥個所を極度に少なくすることができます。


それでも日本の小型車の2倍といわれるコスト差を縮小することはきわめて困難ですが・・・


アッセンブリ、サブアッセンブリにおいて、日本のメーカーの1台あたり100時間(アメリカは普通この2倍)に対し、サターンの場合は40時間から30時間と見積もられています。


また、組み立てにモジュール化が取り入れられ、サブアッセンブリの下請け化によって、その労働者1人あたりコストを、1時間23ドルからその半分にできるといいます。


さらに提携関係にあるファナック社や合併したEDSなどを通じ、ロボットによる省力化もいっそう徹底したものになりますが、このほか文書の管理や販売組織のような技術以外の面でも思い切って革新を行います。


しかし、GMが最も神経を使ったのは、労働組合対策でした。

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         <pubDate>Sun, 11 Sep 2011 12:22:13 +0900</pubDate>
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         <title>組織の高度化地域分権化　2</title>
         <description>この改革から締め出されるはずの大量のミドル・マネジャーがどのくらい整理されるのか、また整理されたのかも明らかではありません。


しかし、これまでのトップ・ヘビーになりかかっていた経営が、このような大手術によって再編成され、経営階層の整理によって内部組織の重圧が軽減し、風通しがよくなるにちがいありません。


これがどのようにGM全体の組織に活力を与え、ハイテクノロジー分野への進出とともに、新しい戦略展開にはずみを与えるか・・・。


速断は許されないにしても、GMも21世紀に向けて、歴史的な挑戦に踏み出したことは疑いないでしょう。


きわめて革新的な構想を打ち出しています。


サターン計画は、ミシガン州フリントのビュイック・シティー計画や、ポンティアックのフィエロ生産計画、また現在世界最新といわれるデトロイトのハムトランク工場よりも、規模、資本、技術、いずれの点でも比較にならないほど巨大で、また最も革新的です。


すでにGMの各工場で試みられている日本的管理システムも、ここではいっそう大幅に取り入れるばかりでなく、ロボットの採用も徹底しています。


こうしたハイテクノロジー分野の技術は最近つぎつぎと合併や提携を通じて、全面的かつ意欲的に採用されつつあります。

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         <pubDate>Thu, 11 Aug 2011 12:21:42 +0900</pubDate>
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         <title>組織の高度化地域分権化</title>
         <description>ミシガン州トロイでは、最近「サターン・コーポレーション」本社の開所式が行われました。


この新事業部は、GMの小型車グループCPCに組み入れられることになっています。


工場は日産のスマーナ工場からわずか30数マイルの、テネシー州スプリングヒルに新設されることが予定されています。


サターンはいまなおナゾに包まれた車ですが、製造工程や生産管理から、販売組織や人事管理に至るまで、関係を改善し、その調整と統合化が主なねらいです。


・・・こうしてGMも、ようやく海外で一国市場を単位とした戦略体制を地域レベルに引き上げ、グローバル組織の高度化地域分権化をはかったことは注目されるでしょう。


このような歴史的にも大規模な組織改革には強烈な経営者のリーダーシップが要求されますが、当分は余震が続き、方々ががたぴしするのは免れないでしょう。


またこの変革によって、デトロイトの本社14階の重役室に持ちこまれる書類がどのくらい減るものか、あるいは数多くあった委員会がどのくらい滅ったのかもわかりません。

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         <pubDate>Fri, 01 Jul 2011 12:20:42 +0900</pubDate>
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         <title>神人婚</title>
         <description><![CDATA[『日本霊異記』には信田妻の原型らしき話が載っているが、そこにおいても妻となった狐は力が強く鳥のように速く走る子どもを生んでいる。


異類婚が超人を誕生させるという意味は、神人婚姻課によって説明することができます。


神人婚にもいろいろなパターンがあるが、その代表の一つが三輪山伝説てある。


これは活玉依毘売のもとに毎夜通う貴人がおり、これによって毘売は懐妊するが、相手の正体を知らないので、服の裾に糸をつけておいてあとを追ってみると、貴人は三輪山の神であることがわかったというものです。


そして、一般的な普通の占いの<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>がいいらしいですよ。ここが(´▽｀)
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         <pubDate>Sun, 26 Jun 2011 14:29:20 +0900</pubDate>
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         <title>凶悪宇宙人が地球を侵略しに来るという話</title>
         <description><![CDATA[『インデペンデンス・デイ』


煎じ詰めれば、円盤に乗った凶悪宇宙人が地球を侵略しに来るというだけの話だ。


しかし円盤の大きさを直径二十数キロと設定し、その常識外れの巨大さを実感させるビジュアル・インパクトによって、本作は今時のすれた観客から感嘆の吐息を引き出してみせる。


雲霞のごとく現れる小型戦闘艇も、宇宙人そのものも、『スター.ウォーズ』以降のデザインワークを踏襲したものでしかないのだが、政府・民間を網羅した群像のリアクションをしっかりと描き、現実から荒唐無稽への移行が細心の注意をもってなされているために、観客に我に返る暇を与えない。


ところで、いつか<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">ビデオカメラ レンタル</a>して映画撮ってみたいです＾＾


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         <pubDate>Fri, 17 Jun 2011 13:32:26 +0900</pubDate>
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         <title>「広い世間」とトラブル　4</title>
         <description>外国人の圧縮表現である「外人」。


これは差別に近い(これに対する「内人」といういい方はない)言葉ですから、用いるべきでないでしょう。


外国人は日本人である赤の他人の外側にいる人びとであるから理解もできないし受け容れがたい存在だと考えられているといえます。


日本人と結婚して日本国籍をとっても日常生活上では外国人の扱いは変わらないのです。


この邦人と異邦人の区別は「もの」や「情報」の国際化が著しく進んだ今日でもなお「ひと」(異邦人)に対する事実上の「鎖国」状態がつづいていることの背景であると考えられます。


・・・日本人にとっては「赤の他人」の外に異邦人の他人がいることは確かなようですね。


以上のような他人観、世間角については京極純一『日本の政治』をご覧になるといいでしょう。


おすすめの一冊です。

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         <pubDate>Sun, 12 Jun 2011 13:12:27 +0900</pubDate>
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         <title>「広い世間」とトラブル　3</title>
         <description>「同じ○○線で帰る」・・・


その先には「家庭」があり、その家庭から明朝出勤しなければならない「職場」があります。


喧嘩がこうじて、傷害にでもなれば、家族に心配をかけるし、警察沙汰にでもなれば、「狭い世間」に迷惑がかかり、自分も信用を失いかねないのです。


「同じ○○線で帰る仲」という「とめ言葉」は、この「狭い世間」を覚醒させる力をもっていたのです。


「赤の他人」同士ではいとも簡単に起こったこぜり合いを収拾したのは暴力的決済でも警察の規制でもなく「狭い世間」の抑制力でした。


ともすれば、「狭い世間」をもたない個人は「広い世間」でトラブルを起こしても気にならない可能性があります。


「狭い世間」は秩序感覚を育てる場でもあるといえるかもしれないのです。


「親子関係」を申心にして「狭い世間」があり、その外に「広い世間」がひろがっていると考えれば、日本人にはふたとおりの「他人」がいることになりますが、実はもう一様の他人がいると考えられます。


それが「外国人」(ノン・ジャパニーズ、日本人でない人)です。


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         <pubDate>Sat, 28 May 2011 13:11:45 +0900</pubDate>
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         <title>「広い世間」とトラブル　2</title>
         <description>背広姿のサラリーマンが駅のホームで、「お前が押した」「お前がこずいた」とどなり合い、つかみ合いの喧嘩になった現場を目撃したことがありました。


家路をいそぐ人びとは、「バカだな」という顔をしながら、とめには入らないのです。


ところが、駅員よりも早くある年配者が一人とめに入りました。


その「とめ言葉」がおもしろかったのです。


「きみたち二人とも、この同じ○○線で帰るんだろ。


同じ○○線で帰る仲じゃないか。


なにが原因か知らないが、喧嘩するのはやめなさいよ」


・・・といったのです。


「同じ○○線で帰る仲」なんていわれても、しょせんは「赤の他人同士」、同じ○○線で帰ることが喧嘩をやめる理由にはなりそうにもないのです。


・・・しかし、この「とめ言葉」は効いたのです。

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         <pubDate>Thu, 28 Apr 2011 13:10:48 +0900</pubDate>
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